日本世論調査協会からのメッセージ
「住民基本台帳の閲覧制度等のあり方に関する検討会報告書」について
2006.3.1
(財)日本世論調査協会
会長 柳井 道夫
総務省の「住民基本台帳の閲覧制度等のあり方に関する検討会」(座長・堀部政雄中央大学教授)が、2005(平成17)年10月、住民基本台帳および選挙人名簿の閲覧について、抜本的な見直しを求める報告書をまとめた。この「報告書」について日本世論調査協会としての見解をまとめておきたい。

(1) 公益性の高い調査とは

報告書では、住民基本台帳の「原則公開」から、「原則非公開」へと大きく方向転換し、不特定多数の住民の台帳を閲覧できるのは、「世論調査・学術調査などいわゆる社会調査のうちの公益性が高いと考えられるものの対象者を抽出するために閲覧する場合」のみに限定した。

これは、まずは妥当な判断であると言えよう。しかし「公益性」の判断は誰がどのようにするのであろうか。住民台帳閲覧の申請を受ける地方公共団体の窓口であろうか。地方公共団体とは別の第三者機関であろうか。公益性の判断は実際にはきわめて難しいといわざるを得ない。「公益性の判断基準の一つとして、例えば、調査結果が広く公表され、その成果が社会に還元されているかどうかを基準とすること等が考えられる」としているが、公表の誓約を取り付けることはできても、成果が社会に還元されているかどうかは、申請を受け付ける段階ではわからない。

(2) 市場調査の範疇

「ダイレクトメールや市場調査などで営業活動のために行う閲覧については、認めるべきではない」とも述べている。「ダイレクトメール」に利用するための閲覧が排除されるのは当然としても、市場の動向を把握し、それに基づいて新製品を開発したり流通をスムースにするためのデータ収集という役割を担う「市場調査」は、企業活動に反映され、「生活の豊かさ」や「経済・産業の発展」へとつながり、成果が確実に社会に還元されるという点で、「公益性」のあるものだとはいえないであろうか。

また、閲覧を認められない市場調査と、認められる学術調査との違いは、きわめて曖昧である。時の市場動向の把握とその分析は、視点を変えればまさに学術調査そのものではないのか。そして後の時代に、過去の時代の生活意識や生活様式を跡づけようとするときなど、市場調査のデータの蓄積は、まさに学術的に重要な資料として生かされていくのではないか。そして、もし市場調査のための閲覧は認めないというのならば、学術調査の名において実施されるかもしれない「市場調査」はどのように扱うのか。

(3) 調査結果が統計的に示されるもの

「公益性」というような調査の内容に関わる判断の難しい曖昧な基準よりも、「調査結果が統計的に示されるもの」といったような、形式による判断が可能な基準を採用することはできないのであろうか。

(4) 選挙人名簿の閲覧

「報告書」では、選挙人名簿の閲覧についても、大変重要な言及がなされている。選挙人名簿抄本の閲覧が「政治・選挙に関する世論調査や学術調査をおこなうために閲覧する場合」に限定されることになった。

一般的には各種の世論調査は20歳以上の男女を調査対象者とすることが多く、これまでほとんどの場合選挙人名簿抄本がサンプリングのための台帳として用いられてきた。その台帳が「政治・選挙に関する世論調査や学術調査をおこなうために閲覧する場合」に限定されることとなると、「政治・選挙に関する世論調査」以外のあらゆる世論調査において、選挙人名簿が閲覧できないということになってしまう。はたしてそれでよいのか。

(5) 統計学的・確率論的サンプリングのための台帳

これまで本協会が繰り返し述べてきたように、日本の世論調査は、住民基本台帳や選挙人名簿などを利用し、無作為標本抽出法の基本理念に従い、統計学的・確率論的に正確な調査対象者名簿を作成し、これに従って調査を実施することができたからこそ、そのデータは世界的にも高い評価を得てきたのである。

(6) 個人情報の保護

個人情報の保護はもちろん重要な課題である。世論調査における個人情報の保護は、世論調査を実施する全ての者にとって、法の有無に関わらず守らなければならない必須の倫理である。本協会としても、これまでも調査結果が統計的に処理され、調査対象者に関わる個人情報は外部に出ることのないよう、また目的外使用は厳しく排除されるよう、倫理綱領も作成して努めてきた。

(7) 世論の動向の把握

民主主義社会においては、さまざまな問題領域についての世論の動向が、統計的に正確に把握され、国民が世論についての認識を共有し、これが国の政策に反映されることが必須である。わが国において、今後とも科学的・統計的世論調査が広く継続的に可能であり続け、世論の動向を正確に把握することができるよう、そのための基本的要件である住民基本台帳および選挙人名簿の閲覧が可能であるよう、強く要望する。

(8) 全国統一的なガイドライン

科学的・統計的な世論調査実施のために、住民基本台帳および選挙人名簿の閲覧を希望する者に対して、その閲覧許可の基準として、全国的にある程度統一的ないわゆるガイドライン、「客観的に判断できる基準」が設定されるよう、要望する。

(9) 「報告書」における妥当な判断

最後に「報告書」において妥当と思われる判断が示されている点についても触れておきたい。

これまで地方公共団体によっては、ダイレクトメールに利用するために、住民基本台帳を大量に閲覧することを防ごうとして、きわめて高い手数料を徴収するところがあった。こうした傾向に対しては、「閲覧制度の事務処理に必要な額とすべきと考えられる」としていることは、きわめて妥当な判断と思われる。

「オプトアウト」および「オプトイン」の制度については「上述のように国や地方公共団体、公益性の高い場合等に閲覧を限定するのであれば、導入する必要はないと考える」と述べている点に関しては、既に述べた通り「公益性の高い場合等」という判断の難しさに問題は残るが、「オプトアウト」および「オプトイン」の制度を採用しないという点で、サンプリングのための台帳として、母集団を正確に捕捉することができ、統計学的・確率論的に正確性を確保するという観点からは、妥当な判断と思われる。

※ 2005年8月8日付の声明 
※ 2005年9月30日付の声明 

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