巻頭言
グローバル化・情報化時代の世論


佐々木 正道
(中央大学)
 世論調査は市民社会の中核となる民主主義を堅持する上で重要であり、公共政策の基本情報の把握のためにも利用されてきた。そこに、最近の「アラブの春」といわれる中東諸国の民主化の原動力となった、若者を中心としたインターネットによる新しい形の世論形成が生まれた。21世紀は社会の情報化に伴う多国間におけるグローバル世論の時代に入ったといえよう。

 一方、世論調査は社会・経済・文化の領域で人々の価値観、信念、態度、行動パターン等を取り上げることも多い。これらは日常生活に有用であるだけでなく、学術理論の検証・構築に大きく貢献してきた。近代化論、収斂理論、アメリカ例外論の是非、社会関係資本理論、ピエール・ブルデューのハビトゥス論、社会階層・移動論等が挙げられる。現代は近代化に伴うゲゼルシャフト的社会へ移行し、グローバル化とウイリッヒ・ベックの称するリスク化と個人化の社会においては、従来の規範が通じなくなり、不確実性や多様な選択の自由の増大に伴う自己責任の範囲が拡大している。その結果、人々は世論を準拠規範、アイデンティティ形成の重要な枠組みと見做すようになっている。

 また、グローバル化したビジネス環境についていえば、世界中でM&Aの加速が予想される。企業は多国籍文化への適応が求められ、異なる国の企業文化(風土)の深層を理解する必要に迫られている。消費文化のますますの高まりに伴い、ジャン・ボードリアールの称する物品・サービス財に埋め込まれた「記号価値」がより重視され、その価値の多様性を把握するための市場調査も重要性が増すだろう。

 このような流れの中で、懸念するのは、それらの調査データの品質の維持、適切な活用である。安易に頻繁過ぎる世論調査の数字の独り歩きで、首相があまりにも短期に交代して困るのは、国民である。調査目的に適合した調査設計ができていない学術調査では、社会貢献からはほど遠い。また、折角、高品質の調査データを多面的に収集していても、それらを総合的に解析し、政策立案に生かせないような従来の統計システムでは、宝のもちぐされであり、今後活用できるような統計システムが望まれる。

 世論調査協会では、長年、「社会調査データアーカイヴ」の設立のために活動を継続していたが、現在は休眠中のようである。その間、国内でも「データ公開利用のアーカイヴ」は構築され相応の機能を果たしているが、諸外国に比肩できるレベルの人材と資力で、高度なデータの収集と解析能力、一般公開利用の三位一体となった「社会調査データ・オーガニゼーション」機関は実現できていない。この事態に鑑み、昨年は、日本学術会議の社会学委員会からは、これに関する大規模プロジェクトが提言されている。

 混迷を深めるかのような世界にあって、人々の平和と繁栄に資するためにも、欧米に比肩できる公的機関としての「社会調査データ・オーガニゼーション」の発展が急がれる。


これは「よろん」109号に掲載されました。